大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(く)53号 決定

本籍 東京都○○区○○○町○○番地の○

住居 東京都○○区○○○町○○○番地

少年 店員 立川五郎(仮名) 昭和十一年五月八日生

抗告人 附添人

主文

本件抗告は之を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は、本件少年立川五郎は○塚○靖と共謀して原決定摘示の如き本件非行に至つたが、それは少年の無分別から、右○塚の勧誘に対して断り切れずに参加したものであり、その非行に際しても積極性に乏しく全く従的立場に在つた。而して少年は本件以外に非行なく而も右非行後深く改俊し又少年の家庭には実父母、兄姉弟等があつて円満であり、将来は少年にも家業の鉄筋工事請負業の手伝をなさしめて少年の保護善導に努める方針である。然るに原決定において少年を中等少年院に送致する旨の保護処分決定をなしたのは著しく不当であるというに在る。

そこで記録を審按するに、少年立川五郎は、東京都において鉄筋工事請負を業とする立川近蔵の次男として生れ、昭和二七年三月中学校を卒業後は同都内において観光事業会社喫茶店、キヤバレー等のボーイ等をして勤務して来たが、偶々本件非行の前日たる昭和三〇年四月二八日の午後一〇時過頃嘗て小学校時代よりの幼な馴染みであり且つ同じくキヤバレー「サロン、○○○○○ー」に雇われていたため親密の間柄なる○塚○靖(昭和一〇年九月五日生)より電話で右「○○○○○ー」の会計室に侵入して会計係事務員を襲つて金員を強奪するから協力して貰いたい旨誘いかけられるや少年は直ちに之に同意し同日一〇時過頃右○塚と落合い、○塚より、自分は先きに右会計室に入つて事務員○原○男の顏を麻醉薬で覆つて眠らせるが、もし之に失敗したら何かで○原を脅かして呉れと申されて、また之を承諾し、それより途中路上にあるコンクリートの割れた塊を○塚が拾いあげ、翌二九日午前零時頃同都○○区○○二丁目二番地○○○ビル六階の前記「サロン、○○○○○ー」の営業所附近において○塚から右コンクリート塊を少年に渡し、同人所携のガーゼマスクで両名が口部を覆い、先ず、○塚が麻醉用としてエーテルをガーゼにしましたものを持つて前記会計室に入り丁度執務中の○原○男の背後に到り、左手で同人の頸を抱え右手で右ガーゼを同人の鼻口辺に当てたが、同人が屈しないで○塚と組合つているので、少年も続いて入室し、右コンクリート塊で数回○原の頭部等を殴打したが、格斗の騷ぎが大きくなつたので逮捕をおそれて少年が先きに逃げ出し、次いで○塚も逃走したため、○原に頭部に全治約三週間を要する挫創等を負わしめたのみで、金員強奪の目的を遂げなかつたものなることが認められる。而して、少年の右非行の直接の動機は右○塚に勧誘されたとき所行の是非善悪に対する自主的分別力に乏しく○塚の強い心理的圧力に簡単に屈従同調したことにあるが、更に遠因としては、家庭における道徳的訓育の不足なことや勤務先が喫茶店等のみで年少者の社会的道義的教養には不適当な実状なること等に在ることも看取される。

故に、少年には未だ他に特段の非行とてもないこと所論のとおりであるが、一般的に斯る誘惑に対する抵抗力微弱なる性格を矯正し犯行その他の反社会的非行に陥るを防止して当人の更生に努めると同時に少年の現今の性状より推して発生する虞ある非行に対して一般社会防衛を企図するには、いま直ちに少年をその家庭に帰らしめるよりも、むしろ保護矯正の施設方法完備する少年院に送致して科学的にして有効適切な指導矯正の教育を与えるを一属妥当とする。従つて、原決定が少年を中等少年院に送致する旨の保護処分決定をなしたことは相当であり、之を以て甚しく不当の措置なりとする抗告は理由がない。

そこで、少年法第三三条第一号により本件抗告は之を棄却することにして、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)

別紙(原審の保護処分決定)

昭和三十年少第四〇二〇号

送致決定

職業 店員

少年 立川五郎(仮名) 昭和十一年五月八日生

本籍 東京都○○区○○○町○○番地の○

住居 東京都○○区○○○町○○

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

少年立川五郎は、○塚○靖と共謀の上、強盗の目的を以て、昭和三十年四月二十九日午前零時四十分頃、東京都○○区○○二丁目二番地○○○ビル六階、キヤバレー、サロン・○○○○○ー会計事務室で、同キヤバレー会計係○原○男(当二十七年)に対し、重量約一貫匁のコンクリート塊で、同人の後頭部を強打し、因つて、全治約二週間を要する傷害を負わしめたが、騒がれて金品強取を遂げないで逃走したものである。

右は、刑法第六十条、第二百四十条前段に該当するものである。

少年の家族、生活史、家庭、近隣、学校、職場関係、少年の性質等は、別紙少年調査票(昭和三十年五月三十日附)記載のとおりであり、少年の心身鑑別の結果は、別紙鑑別結果通知書(昭和三十年五月十九日附)記載のとおりであり、少年の精神検査の結果は、別紙精神検査結果報告書(昭和三十年五月二十三日附)記載のとおりである。

かような少年を更生させるためには、中等少年院送致を相当と思料し、よつて少年法第二十四条第一項第三号を適用し、主文のとおり決定する。

(昭和三十年五月三十一日東京家庭裁判所、裁判官 安藤弘)

意見書

昭和三十年六月二十五日

東京家庭裁判所

判事 安藤弘

東京高等裁判所 御中

少年 立川五郎(仮名)

右少年に対する昭和三十年少第四〇二〇号強盜傷人少年保護事件について、当裁判所が昭和三十年五月三十一日言渡した中等少年院に送致する旨の保護処分決定に対し、同年六月十三日、右少年の附添人中野博義より適法な抗告の申立があつた。よつて当裁判所は、少年審判規則第四十五条第二項により、左記意見を陳述する。

(一) 本件抗告理由の要旨は、本件少年立川五郎は、友人○塚○靖の勧誘にことわり切れず、無分別にこれに同調し、本件非行に参加するに至つたもので、その非行の体様を見るも、積極的に行動しておらず、全く従的立場にあつた。且つ少年は、本件以外に非行なく本件非行後改悛の情顕著であり、又少年の家庭環境は実父母の外に兄、姉、弟各一人あつて円満であり、将来少年をして実父の家業である鉄筋工事請負業の手伝をさせつつ少年の保護と善導とに尽す方針である。

仍て右本件非行の動機、体様、非行後の少年の態度、家庭環境より考察して、本件処分は著しく不当であるというにある。

(二) 少年は、昭和三十年四月二十九日本件犯罪をなす迄は特段の非行歴はなかつた。

少年は、実父立川近蔵、実母立川はまの二男として東京に生まれ、中流の生活を営んでいた家庭に成育し、両親、兄弟(兄、姉、弟各一人ある)の間にあつて、無事平和な日を送つて来たのである。

少年は、昭和二十七年三月、昭和第一中学校卒業、翌月東京都○○区○○○丁目、○○観光株式会社のウエーターとして勧務し、(月収約五千円)昭和二十八年四月、○区○○橋の喫茶店「○セ○○」のバーテンに転じ、(月収約八千円)昭和二十九年九月退職、同年十一月○区○○二丁目二番地○○○ビル六階、未亡人サロン「○○・○○○ー」のボーイとして就職し(月収約七千円)だが、昭和三十年一月解雇され、同年四月○○区喫茶店「○○」に勤務(月約七千円)して、今日に及んだのである。

少年は他の非行少年にありがちな怠学、怠職の悪風はなかつた。唯職場は、いづれも喫茶店、キヤバレーの類で、少年にとつては決して健全とはいえない職種のみで、又その収入の大部分は被服費又は研究と称して喫茶店歩きなどに使用されたが、特に女遊び又は飮酒等に濫費するという風は見られなかつた。

(三) 本件の共犯○塚○靖(昭和十年九月五日生)は、小学校当時、少年の隣家に住居し、一年年下の少年とは幼な馴染であつた。

右○塚が昭和二十九年十月前記「○○・○○○ー」にボーイとして勤務した翌月、少年立川も亦同店にボーイとして勤めるようになり、両者の間親密の度を加えるに至つたが、同店は営業上の都合により、昭和三十年一月少年を解雇し、同年三月、同じく○塚○靖をも解雇したのである。

(四) 本件犯行は、○塚○靖が主犯者で、少年はこれに追随して敢行するに至つたものである。

今その犯行ぶりを見るに、昭和三十年四月二十八日午後十時三十分頃東京都中央区西○○○丁目附近の喫茶店○○で、右両名が会合した際、当時失業して金銭に窮していた○塚○靖は少年に対し、二人で勝手を知つている前記「○○・○○○ー」の会計室に侵入して、同店会計事務員○原○男(当二十七年)を襲い、金員を強奪しようと計つたところ、少年は、すぐさまこれに同意したので、更に○塚は少年に対し、これ迄の例によると「○○・○○○ー」のマスターが店より自宅に帰るのは夜の午前零時頃、又店の鎧戸が閉められるのが午前零時三十分頃だから、今夜マスターが店を出てから店の鎧戸が閉められる迄の間をねらつて二人で「○○・○○○ー」の会計室に侵入し、自分は麻醉薬で○原○男の顏を覆い、同人を眠らせるようにするが、もしこれに失敗したら、君は何かで○原を脅かしてくれと告げて、少年の同意を得、次いで石を持つて行つて脅かそうということ迄打合せをし、茲に両名は同夜右計画通りに敢行して○原○男より金員を強奪しようと決意し、同日午後十一時頃両名揃つて喫茶店○○を出て「○○・○○○ー」に赴いたが、その途中、○塚○靖は、舗道上にコンクリートの割れた塊(厚さ約二寸、縦の長さ約三寸、横の長さ約五寸、重量約一貫匁)を発見し、これを拾い上げて携帯し、翌二十九日午前零時十五分頃、両名は前記○○○ビルに到り、共に階段を昇り三階の所で、○塚は前記コンクリート塊を少年に手交し、更に七階に上る階段の所で○塚はかねて用意して持参したエーテル在中の小瓶とガーゼとを取り出し、ガーゼにエーテルをしまし、尚ほ持参したガーゼマスク二個を取り出し、各自これで口を覆い、次いで○塚は、先づ六階の会計室に飛び入り、倚子に腰かけ精算に余念ない○原○男の後方より○塚に左手で同人の頸を抱え、右手で前記エーテルをしめしたガーゼを○原の鼻口の辺に当てたが、同人はこれに屈しないで、矢庭と組合うところを○塚につづいて約三十秒後れて室内に飛び入つた少年は、携帯した前記コンクリート塊で二、三回○原○男の頭部等を殴打したが、この格斗で騒ぎが大きくなつたので、誰かに捕えられることをおそれ、直ちに同室より逃げ出し、○塚もその後を追つて逃走したため、○原○男に、脳震盪症、頭部挫創等治癒約二週間を要する傷害を負わせただけで、金員奪取の目的を遂げなかつたものである。

(五) 少年の本件犯行の動因は、普通かような犯罪にありがちな金銭上の慾求、又は旧雇主に対する意恨等に基づくものではなくて、友人○塚の勧誘に何のちうちよもなく即座に同意し、その実行々為に協力をした点にある。そして、少年が余りに安易に、かような兇行に同意協力したのは、小心であり、且つ自律、独自性なく、強い圧力に対して抵抗出来ない弱さを持つ少年の性格によるものと思料される。

しかも、少年のかような性格形成には、実父母の永年にわたる少年に対する盲愛が強力に寄与している点は、看過することの出来ない要点で、実に少年の家庭環境の面における最大欠陥は、実父母、殊に実母の永年にわたる救いがたい盲愛にあると思料する。換言すれば、これ迄、両親共に盲愛的態度で少年を甘やかし養育して来たため、少年をして外的圧力に対して抵抗力の弱い劣性の性格を形成せしめ、劣等感を形成せしめ、しかも少年にはその劣等感を補償するための見栄が強く働き、一方意志規制力が劣弱であるので、この虚しい強がりが補償的に非行的態度をとり易い危険を形成せしめたのである。即ち少年は、かような家庭環境にあるが故に、却て非行に導かれ易い性格を形成し、誘惑えの抵抗力が脆弱となつたのである。

(六) 前述の如く少年の実父母、殊に実母の盲愛的態度は容易に救いがたい程のものであり、従つてその是正は頗る難事と考えられる。仮令、それが是正せらるる見込ありとするも、それには相当長期の期間を要するものと思料する。従つて、今日の場合、少年を直ちに父母の許に帰し、両親の保護を受けさせることは、単に少年の教育上の点のみに限局して考えても、決して適切妥当の道ではないと思料する。

(七) 当裁判所は、少年の本件犯行とその動因、少年の素質と環境、並に少年の将来の動向、本件犯罪に対する地域的国民感情、並に一般予防の点につき、綜合考察した上、本件少年に対しては、中等少年院に送致し、収容保護による強力な矯正教育を施し、以て更生をはからしめるを妥当と思料したのである。

仍て少年立川五郎の附添人の本件抗告は、理由ないものと思料する。

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